「ネイティブ」の強み〜遊ぶということ〜

今、言語の「ネイティブ」の他にも、「デジタルネイティブ」だとか、「ネットネイティブ」という言葉がよく使われますが、
この「ネイティブ」ってどんな意味で、どんな人を指すのでしょう?

遊ぶ

僕のiPhoneに入っている大辞林には、こう書いてあります。

ネーティブ【native】
「その土地で生まれ育った人。」

また「デジタルネイティブ」も既にちゃんと項目があって、

デジタルネイティブ【digital native】
「パソコン・インターネット・携帯電話などのデジタル技術に、生まれ育った時から慣れ親しんだ世代。」

では、そのネイティブな人たちの強み、ネイティブじゃない人たちがなかなか身に付けられない強みとは
どんなところなのでしょう。

僕はそれは
「その環境で育った感覚で遊べるかどうか」
というところだと思うのです。

そして、ここでいう「遊べる」という言葉の僕の定義は
「自分の持ってる価値観からなにか創り出してそれを面白いと思えるか。」
というところなんです。

いまでこそゲームという型があって、ほとんど何も考えなくても、
その枠組みの中で楽しむということはできるのですが、本来遊びって、
「遊ぶ力」みたいなものがないとできないと思うのです。

山とか、自然とかに行って「そこにあるもので」遊ぶとき、結構苦労するわけです。
もともと親しんで遊んでいる「山ネイティブ」はどんどんそこにあるもので遊びを創り出せちゃうわけです。
遊び方を知っているわけです。
同じ構造で、海で育った子は海の遊び方を知っていて、海で遊びを創り出せちゃうわけです。

言語ネイティブと、一生懸命勉強して話せるけどもネイティブとは言えない人との違いもここにあると思います。
言語ネイティブは、やっぱりその言葉で「遊ぶこと」を知っている。
言語ネイティブたちは自分で新しい言葉を創り出すこともできるし、遊べるのです。
日本語でいうダジャレとか、俳句とかもそうだし、短縮語も自分で作ったり、言葉遊びができる。

そういう意味で、僕はテレビゲームをするというのは「遊んでいる」わけではなくて、作った人たちの遊びを
エンターテイメントとして受け取って「楽しんでいる」ということだと思うのです。

その型をツールとして捉えて、自分から創り出すものがあって初めて、
それは「遊び」になるもんだと思うんですよね。

その「創り出す」というのはどこから生まれてくるのでしょう?
自分がその環境にいて培った価値観から生まれてくると思うんですよね。
「わび・さび」をしっているというのも入ってくるのかな。

この、ネイティブしか持ち得ない感覚・価値観から創り出されたものは、
非ネイティブには気づき得ない、でも確かに動いている価値を生み出す。
これがネイティブの「強み」なのだと思う。

——-
うーん、いまいちまとまってないから、後でまとめ直す。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>